“アスルグラナ”の一員として岡崎デビュー!チームはスポルティングに1-0勝利!!

SDウエスカは日本時間8日、スポルティング・ヒホンと対戦し1-0で勝利した。

アスルグラナ(ウエスカの愛称)は後半49分、FWダニエル・ラバのゴールで先制。そして後半85分に、ダニ・エスクリチェに代わり岡崎慎司がピッチに入る。

岡崎は試合時間がほとんどないなか、積極的に縦に抜け、相手最終ラインを脅かす。試合は結局そのまま終わり、チームは1-0で試合を終えた。

チーム公式Twitterでは、岡崎のデビューを祝うツイートが載せられている。

持ち前の力強いプレーでチーム・サポーターに好印象を残した岡崎。次節は結果を残したいところだ。

以下はチーム公式サイトでの岡崎の紹介文(翻訳)

岡崎、SDウエスカの”ルーキー”アタッカー

2016年プレミアリーグのチャンピオンである、日本人・岡崎慎司が、アスルグラナの強力な攻撃を完成させるためにやってきた。

SDウエスカのためにやってきた、日出ずる国のアタッカー。日本人の岡崎慎司(1986年兵庫宝塚出身)は、アスルグラナの新しいフットボリスタだ。3日の契約解除後、岡崎は1シーズンとオプション付きの内容で契約。

同選手は劇的なレスター・シティの2015/16のプレミア優勝、3つのW杯(2010、2014、2018)でのA代表選手を経験、08年北京のオリンピック代表選手と、エリートフットボールの偉大なキャリアを積んできた。

2011年にドイツのVfBシュトゥットガルトに加入し活躍の舞台をヨーロッパへと移した。その後、同国のマインツ05では移籍1年目に15ゴール、翌シーズンには14ゴールを残し、それらの実績が2015年、彼にイギリスへの希望を連れてきた。

彼はレスターとともに、プレミアでの栄光を勝ち取り、クラブ史上初のチャンピオンズ・リーグ出場とその記録を打ち立てた。プレミアで114試合、ブンデスリーガで128試合、そしてJ1の清水エスパルスで121試合プレーをした。そして最後のクラブがマラガFCだった。

国際レベルで彼は、日本代表の歴史で3番目を得点数だ(119試合で50ゴール)。そして代表キャップ数に関しても、歴代3位となっている。W杯では計10試合でプレーして2ゴールを挙げ、アジアカップでは10得点を挙げている。(アジア)大陸の優勝国として、2011年にトロフィーを掲げた。最近では、コパ・アメリカ2019に招待された代表に参加した。

アスルグラナのポストプレーヤー、そしてゴールゲッターとして相手のゴール前で脅威を与える”ルーキー”。クラブ史上初のアジア人選手としてウエスカの人々に、大きなインパクトが与えられるか、注目が集まることになるだろう。

経歴
2019 SDウエスカ
2019 マラガ CF
2015-19 レスター・シティ
2013-15 マインツ05
2011-13  VtBシュトゥットガルト
2005-11 清水エスパルス

引用元=SDHuesca(スペイン語)

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