秋といえばスポーツ・読書・食欲と、何事にも適した季節として取り上げられる。
ことさらスポーツに目を向ければ、ラグビーワールドカップ、世界陸上競技選手権大会、サッカーワールドカップアジア予選と、どれも手に汗握る大舞台ばかりだ。
世界の檜舞台に立つ選手は、幾度となく障壁を乗り越えてきた偉丈夫。毎日のトレーニングの積み重ねをベースに、そのパフォーマンスたるは見る人を虜にする。
無論、一日二日でそれらのレベルにたどり着くことはできない。しかし、やるからには極めたほうが面白い。それはパフォーマンスしている選手の表情をみれば一目瞭然だ。
物事を極めるためにはどのような過程があり、そのなかで起こる変化とは――。このテーマについて語ってくれるのは、スポーツ選手でも指導者でもない。日本料理、なかでも京料理を専門に、日々、腕を振るう料理人、木村明仁(きむらあきひと)さんだ。
「献立はその日にならないとわからない」のは最高な事
話を進める前に、なぜ料理人なのかを説明したい。スポーツのこの手のテーマを紹介するに当たって、読んでいる人に「違った視点によって、成長するためのヒントを得てほしいから」と考えたからだ。
そして、木村さんの話を聞いていくほどに、スポーツと料理の上達には共通点があった。それはまさにフィールドは違えど、物事を極めるために努力し続けている人だからこそ溢れた言葉だった。

食事に合った小物を揃える
東京都港区、JR浜松町駅から5分ほど、大通りから少し離れたところに日本料理「蔵」が佇んでいる。そこで腕を奮っている木村さんは毎日、市場に足を運ぶ。食材を見ることでその日の献立が決まるからだ。
「その季節によって市場に出てくる食材は異なりますし、その日によって何が新鮮なものかも変わってきます。そのため、献立は集めた食材から考えることになります」
蔵には献立がない。理由は、新鮮なものを取り揃えてから献立を提案するのは理にかなっている。しかし、取材日のコースの献立は、およそ十品以上。皿を飾る美しい料理に使われる食材はそれ以上だ。
つまり週単位で考えると70品もの料理を一人で手掛けていることになる。しかもコース故に、献立に季節感や統一感の演出を無下にできない。
話を聞いた時、つい困りませんかと口から溢れると、「まったく問題ありませんよ」と即答。「むしろ、楽しい」と答えた。

料理人の木村明仁さん
今ではこうして日々、訪れる人の舌を巻く料理を提供している木村さんだが、ここまでの域に到達するには三つの段階があったという。
「修行は十年ほどしました。その時の師匠が京料理をやっていたことから、自分もこの道に進むようになりました。能の言葉で『守破の求むるは離なり(守破離)』※というものがあります。料理はまさにこの三段階だと思います。※守破離は『利休道歌』の『規矩作法守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな』を引用したもの、という説もある
はじめは徹底的に基礎を学びます。『京料理はこうでないといけない』、を体に染み付かせるんです。これに私は十年ですね。今でも何か新しいことに挑戦するときの土台になっています。
十年の修行後、お店を任せてもらえるようになりました。そうなると、先程の『こうでないといけない』から『基本は残しつつ……』となってきます。表現は難しいですが、『京料理を作っている自分』から『自分が作った京料理』にしていきたい自分が出てくるんです。ただ、これは基礎があるからこそ成し得る業です。この時は、献立も10品作ったら6品成功と、試行錯誤の連続でした。
ヒントは厨房以外でも拾おうとしました。例えば、テレビの料理番組などで取り上げられている料理を参考にしたり、他の日本料理を眺めたりと、常にインプットのアンテナを張り巡らせていました。そうした積み重ねを続けることによって、同じ料理を作っていても『変化と個性』が生じていると感じました。こうなると、レパートリーも増え、調理法や組み合わせが閃きます」
話を聞いている内に、先程訪ねたことが愚問であったとわかった。木村さんにとって料理のことを考えることは楽しくて、「どうやって作ろうか」ということではなく「どれがいいだろうか」と、頭の中にある幾多の料理から、今最高のものを見つけ出す「嬉しい悩み」だったのだ。

(先打)焼胡麻豆腐 山葵 美味出汁

(造里)伊佐木

(焼八寸)鮭きのこ巻焼き

(焚物)菊蕪 そぼろ田楽 菊花餡 柚子

(油物)蟹真丈 東寺揚げ 青物
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