松波正信の現在〜J1最年少ハットトリックを記録後スーパーサブとして「ミスターガンバ」となった男は、ガンバ大阪の強化と育成の責任者に〜

ガンバ大阪一筋13年、「ミスターガンバ」としてファンから愛された松波正信(まつなみ・まさのぶ)さん

高校時代には複数のJクラブから注目される存在で、プロ入り後は、若手時代はエースストライカーとして、後年はスーパーサブとしてガンバ大阪の攻撃陣を引っ張ってきました

そんな松波正信さんは2005年に現役を引退。現在はどのような活動をしているのでしょうか。

 

チームのために戦い、ファンから愛されたミスターガンバ


動画:YouTube『松波(元ガンバ)のハットトリック』

松波正信さんは帝京高校時代に全国高校サッカー選手権で優勝し、自身も得点王に。高校生の頃からストライカーとして大きな注目を集めていました。

そんな松波正信さんのもとには、Jリーグの4クラブからオファーが届きます。その中から、高校の先輩である礒貝洋光さんがいたこと、監督が日本代表の最多得点記録を持つ釜本邦茂さんだったことなどを理由に、ガンバ大阪を選びました

ガンバ大阪では、Jリーグ初年度の1993年からプレー。ジェフユナイテッド市原戦では3ゴールを決めました。18歳と364日でのハットトリック達成は、現在でもJ1の最年少記録として残っています。

それからもガンバ大阪で活躍を続け、1997年には自身最多となるリーグ戦13ゴールを挙げます。その後は徐々に控えにまわることが多くなりますが、スーパーサブとして短いプレー時間の中で、チームのために戦い続けました

そして、2005年に31歳で現役を引退。ガンバ大阪一筋13年のプロ生活に終わりを告げました。

引退後すぐに指導者の道へ

2005年に引退した松波正信さんは、翌年の2006年からガンバ大阪ユースのコーチに就任。2008年には監督に昇格し、Jユースカップでチームを優勝に導いています。

2009年に日本サッカー協会のS級ライセンスを取得すると、今度はガンバ大阪のトップチームのコーチとして、当時監督だった西野朗さんをサポートしました。

そして、2012年にクラブOBとしては初めて、さらにクラブ史上最年少でガンバ大阪の監督に就任。松波正信さんは、成績不振に陥っていたチームの立て直しを期待されていました。

しかし、悪い流れを変えることができず、ガンバ大阪はJ2降格が決定。松波正信さんはシーズン終了後に監督を解任されました。

その後は、ガイナーレ鳥取の監督やセレッソ大阪U-18の監督を経て、現在はガンバ大阪の強化アカデミー部長兼アカデミーダイレクターとして活動しています

ガンバ大阪の今とこれからを担う役割

強化アカデミー部長とは、トップチームの編成と強化の責任者のこと。そして、アカデミーダイレクターとは、クラブの育成部門の責任者のことです。

この2つのポストを兼任している松波正信さんは、クラブの2本の柱とされる強化と育成の両方の責任者であり、クラブの今とこれからを担っているといえます。

長年ガンバ大阪のアカデミーの重要なポストを務めてきた指導者がクラブを去ったこともあり、松波正信さんは現在アカデミーの変革を進めています

前進するためには改革と新たなリソースをもってそこを飛び出していかないと、進歩しない。そういう状況をガンバのなかでも作りたいと思っていますし、最終的にガンバの育成を日本、世界のトップに立てるような組織にしたいと思っています。

引用:「偶然ではなく必然に。松波正信が考えるガンバ大阪アカデミーの『意識改革』

選手として、さらに指導者として長くガンバ大阪で過ごしてきた松波正信さん。新たなステージに進もうとしているクラブの先頭に立ち、引っ張っていく存在として期待されています。

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